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火あぶり地蔵

火あぶり地蔵イラスト

孝行娘の哀れな最期

<6> 火あぶり地蔵(瀬崎町)

旧四号国道(県道足立・越谷線)沿いの瀬崎町と吉町との境に、「火あぶり橋」という橋があります。橋の際に通称“火あぶり地蔵”と呼ばれる地蔵堂が建っており、昔の処刑場跡と伝えられています。今回は、この地蔵堂にまつわる悲しい話を紹介します。

昔々、千住の掃部宿(現在の千住仲町付近)に母親と一人の娘が住んでいました。娘の父は、かなりの借金を残してこの世を去り、後に残された母娘二人は、借金を返済するために一生けんめい働きました。生活は苦しいながらも、人柄の良い親子は、近所のだれからも好かれていました。しかし母娘二人の収入では生活していくのが精一杯で、とても借金を返す余裕などありません。

ある時、瀬崎村のさるお大尽の家で女中を探しているという話を聞き、これがかなりの好条件だったものですから、娘は奉公に出ることになりました。親孝行で働き者の娘は、ここでもみんなから可愛がられ、娘の家の借金もだんだんと少なくなり、幸せな毎日を送っていました。

お大尽の家に奉公に出て何年か過ぎたある時、長い間の無理がたたったのでしょうか、娘の母親が重い病気で倒れ、近所の人に面倒をみてもらっている事を知りました。娘は、主人の気げんのよい時や、ひまな時などを見はからっては、「ご主人様、お願いでございます。母が重い病で伏せっております。看病のために、しばらくおひまをいただきたいのです」と何度も哀願しましたが、主人はどういうわけか、娘の頼みを聞きいれてはくれません。その間にも母の病状は悪化し、娘はいてもたってもいられません。悩みぬいたあげく、「この家が燃えてしまえば、母の元へ帰ることができるのだわ」と考え、大胆にもお大尽の家に放火をしてしまいました。

幸いにも、被害は少なくてすみましたが、「犯人は、誰か」という事で大騒ぎになりました。意外にも、犯人がこの家の働き者と評判の女中であり、放火の理由がわかった時は、村人たちは大いに同情しました。

しかし、火つけの罪は「火あぶりの刑」と定められていましたので、娘はこの地で処刑されてしまいました。村人たちは、この哀れな罪人の霊を慰めるために、講(こう)の人々が中心となって、処刑された場所にお堂を建立し、地蔵を安置して供養しました。

お地蔵さんは現在、旧四号国道の激しい車の往来を何事もなかったかのように眺めています。

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