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草加市 SOKA CITY

中川の渡し

更新日:2011年5月25日

広報そうか 第377号 昭和57年2月5日号

生活の息吹ひしひしと

中川の渡し

(19)中川の渡し(柿木町)

その昔、渡しは通行を妨げる川を渡る唯一の交通手段として、川周辺の人たちの生活に欠かすことのできないものでした。交通機関の発達とともに、いつとはなしに姿を消してしまいましたが、草加市にも二十年ほど前まで、柿木町に草加と吉川を結ぶ“中川の渡し”がありました。草加側の船着場は女体神社の少し北にあり、今でもその面影を残しています。

この渡しは、明治初期に始まったといわれ、昭和三十五年ごろまでの約一世紀にわたり中川沿いの村人たちの貴重な足として重宝がられていました。近郷近在の渡しが次々と姿を消していくなかにあって、最後まで細々とはいえ運行していたのは、八条橋と吉川橋のほぼ中間点に位置していたため、利用価値が高かったためです。

船頭は船着場にある五坪ほどの船小屋に寝泊まりし、村人の足の確保に携わりました。渡し舟は長さ約7メートル、幅1.5メートルの木製のもので二十人ほどが乗り込めました。船賃は明治二十年ごろが四厘、昭和初期が二銭、昭和三十五年ごろの最後が十円でした。荷車や人力車、自転車などを持ち込むと割増になるのはもちろんでした。主な利用者は、親せきへ行き来する村人や行商人などでした。当時のことですからしっかり決まったダイヤなどなく、舟頭に「ちょっとやってくれ」と一声かければ心よく舟を出してくれたそうです。このへんに長く親しまれた原因があったようです。

こんな船着場が一年で最もにぎわったのは田植え時でした。渡しがとりもつ縁で結ばれた親せきが両村に増えたため、この時期になるとお互いに田植えを手伝うために行き来したからです。まだ明けやらぬうちから、みの笠をまとった農民たちでたいへんな活況だったそうです。他にも、三月三日の節句には草だんごを、八月一日には小麦まんじゅうなどを分家へ配るために、そして時には花嫁の嫁入りにも使われたそうです。

対岸へは舟頭の巧みなかじとりで、約100メートルの中川を五分ほどで運んでくれました。船頭は次の客を乗せるためにすぐに草加側へ引き返してしまいました。このため、帰る時には、向こう岸から大きな声で「オーイ、オーイ」と叫んで舟頭に迎えの舟を要請しました。

このように生活の息吹を感じさせた渡しも、晩年はほとんど運行されず、昭和三十五年ごろを最後に姿を消しました。それでも、地元の古老には、今でも中川の川面を伝わって届く「オーイ」の掛け声が耳に残っているそうです。

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